2017年8月16日水曜日

「方程式」ではなく「方程式もの」はSF


知っている人は知っている。知らない人は知らない。SFものの一群の短編小説の中に「方程式もの」というジャンルがある。私もいくつかは読んだ。一番最初の葉「冷たい方程式」という1954年、トム・ゴドウィンによって発表された短編SFである。SF小説の中で最も注目すべき作品として、後世に大きな衝撃を残した作品である。

設定は次のようなものである。
・宇宙船は、イスカンダル星にコスモクリーナーを取りに行くといったような、何らかの要件で航行している。
・宇宙船には目的地に行くギリギリの燃料や酸素しか積んでいない。神風特攻隊みたいなものである。コスモクリーナーを入手してもどのようにして持って帰ってくるか、というようなことは考慮されていない。
・宇宙船に密航者が現れる。なんとか命を助けたいと思うような可憐な少女である。
・しかし規則では、密航者は船外に放り出さねばならない。そんなに余裕のないことをやっているのかと思うが、前提条件だから仕方がない。
・乗務員はどうしたらいいか悩む。

まあ、いろいろな解決法が考えられる。短編だから多くの伏線は張れないし、まあアイデア勝負と言ったところだろう。
というわけで、SF作家たちはいろいろな解決法を考えている。真面目に取り組んだものからハチャメチャなものまであるが、それらを一つにまとめた本は出ていない。





2017年8月15日火曜日

栞と紙魚子の怪奇事件簿


「栞と紙魚子の怪奇事件簿」は諸星大二郎が出版した、少女向けホラーコメディー漫画「栞と紙魚子」の実写版である。話は短編連作となっている。説明に連続ドラマとなっているところもあるが、一つ一つの話が独立しているため、短編連作である。そのためストーリーも複雑でなく見やすいものとなっている。
栞役は南沢奈央、紙魚子役は前田敦子(当時AKB48)が演じた。大島優子も出演している。2008年1月5日から3月29日まで放送された。 この頃、真夜中には結構面白い番組(トリック・霊感バスガイド事件簿・スカイハイなど)があった。私は寝ずに見ていたのだが、ある日妻に見つかって一緒に見るようになった。
「栞と紙魚子の怪奇事件簿」は私が見た中では最後に近い。それにしても、ハングル文字が邪魔である。なんとかならんかの~。

栞と紙魚子の怪奇事件簿1


栞と紙魚子の怪奇事件簿2


栞と紙魚子の怪奇事件簿3


栞と紙魚子の怪奇事件簿4


栞と紙魚子の怪奇事件簿5


栞と紙魚子の怪奇事件簿6


栞と紙魚子の怪奇事件簿7


栞と紙魚子の怪奇事件簿8


栞と紙魚子の怪奇事件簿9


栞と紙魚子の怪奇事件簿10


栞と紙魚子の怪奇事件簿11


栞と紙魚子の怪奇事件簿12


栞と紙魚子の怪奇事件簿13(最終回)

2017年8月9日水曜日

本日8/9は長崎の原爆投下日です。


昔、社会の時間に習ったことがある。太平洋戦争(第二次世界大戦)は、日本が真珠湾攻撃をしたから始まって、原爆投下によって終わったという風に。これが間違いであると知ったのは高校になってからである。太平洋戦争はアメリカの挑発によって始まって、ソ連の参戦や原爆で終わったのではないということである。

戦前のアメリカは日本とさして変わらない国力だったが、日露戦争で国力が落ちた日本に何かと因縁をつけてきたのだ。満州鉄道をはじめとする中国大陸における利益をアメリカにもよこせと言ったのが最初でしょうか。当然日本は拒否する。するとイギリスに対して日英同盟を破棄しろと言う。日本に経済制裁を行う。日本の孤立化を図った。どうも日清戦争で国力の落ちた清国を植民地にしたかったようなのである。そして「有色人種差別」を行った。ヨーロッパ戦線はともかく、太平洋戦争の実態は、「白人国家」と「有色人種国家」の争いである。この戦争は真珠湾攻撃の約20年前から始まったのだ。

さて、日本の敗戦は、1945年3月~5月の東京大空襲以前に決まっていたので、6/23の沖縄上陸戦、8/6の広島原爆、8/9の長崎原爆は不要な攻撃であった。
アメリカで問題となった真珠湾攻撃では、2,382人(内民間人37人)の死者があった。方法の是非はともかくもこれは、日本軍とアメリカ軍の戦闘である。
戦争終盤での東京大空襲では約10万人、沖縄戦では約20万人、広島原爆では被爆者も含め約56万人、長崎原爆では約17万人である。合計約100万人であるが、これはほぼ全部が民間人であるから戦闘ではない。日本にはほとんど戦力が残っていないのだから戦闘になりようがないのだ。何せ、竹槍でB29と戦えと言っていたのだから。

太平洋戦争は原爆で終了したのではなく、東京大空襲以降は100万人の大虐殺である。ヨーロッパ戦線でのドイツの志望者が60万人であるから、わずか半年に満たない間に手当たり次第に殺したという感じである。

広島原爆より長崎原爆の方が破壊力が大きかったが、長崎の人口が広島より少なかったことと地形が複雑だったことで、被害者が少なかったようである。最初は長崎ではなく北九州(当時の小倉市)を目標にしていたようだが、天候の都合で長崎に変更されたと聞く。もし、小倉市投下となれば、広島以上の被害が予想される。
本日、長崎原爆投下の日に、アメリカの反省を求めたい。ちなみに当時のアメリカの有識者は、ヒロシマ・ナガサキ原爆投下に反対をしていたということである。

なお、日本でも当時原子爆弾の計画があったらしいが、開発が遅れたことと、非人道的な兵器についての理解が得られなかったため、中止されている。